公益社団法人知財登録協会

産経新聞でインタビュー記事が連載されました。(第3回:2013/07/03)

「研究成果を実用化せよ」 恩師の精神受け継いだ玉井さん、次々と特許取得

産経新聞 73()1521分配信

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研究と知財の道へと導いた恩師の大阪大名誉教授の荒田吉明さん(手前)と(本人提供)(写真:産経新聞)

 【新・関西笑談】知財ブランド協会代表 玉井誠一郎さん

 --大阪大に入学し、選んだのが溶接工学。子供のころから、ものづくりが好きだったのですか

 玉井 そういうわけではありません。私はちょうど団塊の世代で競争が激しかった年代です。経済的な問題で浪人も、学費がかかる私大も許されず、国立大を選んだのです。阪大は3次まで志望を受け付ける仕組みだったのですが、溶接は2次志望でした。きつい・汚い・危険の3K分野なので、入りたくて入りたかったわけではありませんでした。

 --阪大での出会いを教えてください

 玉井 後に名誉教授になった「溶接熱源」の研究で有名な荒田吉明先生の研究室に入りました。格好良い先生でしたね。なぜかウマが合って、院生のころには「学者になったらどうや。ひとまず助手でもやったら」とすすめられ、私もその気になっていました。

 --結局、学者の道には進みませんでした

 玉井 荒田先生に「助手の給料はいくらなんですか」と聞いたら、あまりにも安くて。それを知ったのが12月で、大半の企業は募集を締め切っていました。そんな中、たまたま松下電器産業(現パナソニック)の溶接事業部が採用を募集しており、入社したんです。

 --入社後の仕事は

 玉井 溶接機器のデジタル化について研究し、溶接ロボットの視覚センサーを開発しました。溶接は3Kなので、人間の力では限界があるし、正確につなぎ合わせるには、高度なセンサーが必要。そうした技術がバーコード読み取り機につながっていきました。医療機器のレーザーメス、骨密度を測定する機器も開発しましたね。30代からは市場に受け入れられる新製品の開発のため、世界中を駆け回りました。

 --開発者時代、約300件の特許出願をしたそうですね。バーコード読み取り機はスーパーやコンビニでおなじみです

 玉井 われわれは最後発組で、先行メーカーは数多くの特許を保有していたため、競合他社から「特許を侵害している」といわれたこともありました。でも、相手の特許が不良品であることを指摘して、ライセンス料を一銭も支払わずに済ませましたが...。

 --どうすれば、不良品だと指摘できるのですか

 玉井 特許制度はギブ・アンド・テークです。例えば、許可なしに技術を使えなくできる「排他権」を得る代わりに、その技術を再現できるほどの情報を開示しなくてはならない。相手の特許がそういうルールに違反しているのを鋭く突きました。今でも、こうしたルールを知らずに登録した不良品の特許は多い。日本の企業がなかなか特許訴訟を起こさないのは、自社の特許がいいかげんなことがバレてしまうのがこわいからですよ。

 --荒田先生のすすめに従って、学者の道を選べばよかったとは思いませんか

 玉井 後悔はありません。荒田先生は「研究成果は実用化しないと意味がない」が口癖で、学術研究に加えて特許にも関心が深かった。私はその精神を受け継ぎ、松下時代も、新製品の研究開発と、世界をまたにかけて市場開拓に挑戦して、成果を上げてきた誇りがあります。(聞き手 宇野貴文)